「薔薇族」五十号によせる読者へのオマージュ
世界はおとうとのために    寺山修司

書かなくとも
それはたしかに存在している

  たとえば
  少年航空兵の片目をかくした
  眼帯のうらがわに

  たとえば
  刑務所で知りあったSの腕の
  薔薇色の傷口に

  たとえば
  マドリードから来た船乗りFの
  蝶の刺青のまわりに

  たとえば
  自動車修理工のMの
  灼けた背中のシャツの白地に

  たとえば
  警察学校の寄宿所の便所に
  落書されたむらさきいろの男根の横に

  たとえば
  寿司屋の板前の
  指の血のにじんだ包帯の上に

書かなくとも
それはたしかに存在しているのだ、と
いうことが

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