写真 佐藤有(たもつ)

1937年生まれ
20歳の頃から身近な自然や子供たちを撮り続ける。
現在、茨城県龍ヶ崎市にて写真館を経営。


なつかしの昭和の
     子どもたち
国書刊行会

 

文 田中秋男

1948年生まれ
CMプランナーとして約35年ほど糊口を凌ぐ。
50代半ば心臓に病を得、
職を辞して文筆業に励む。


筑波の牛蒡 敬文舎 

 

 

 私はまだ小学校も低学年だったでしょうか。いや、まだ小学校に入るや否やでしたでしょうか。私はちょくちょく近くのお兄ちゃんのところに遊びに出かけたものです。いわゆる、懐いていたのですね。もの心がついた頃には、口を開けばお兄ちゃんお兄ちゃん、お兄ちゃんの跡を尾いて回りました。そんな私を、お兄ちゃんはよく目をかけてくれました。後年、家人からはまるで金魚の糞のようだったと形容されたりもしました。失礼な修辞ですが、まあ、よいとしましょう。
 では、そんな私とお兄ちゃんとの間のモノを巡る思い出――「モノ語リ」です。

  ☆☆☆

 お兄ちゃんは今や中学生でした。学生服も詰襟となり、襟からはセルロイドの真白いカラーを僅かに覗かせ、黒いサージのズボン、足元には輝くばかりの厚底の白いズック。お兄ちゃんはそんな制服姿で自転車に乗って学校に通いました。つい、この間までは坊ちゃん刈りでしたが、中学校に入ると同時に坊主頭にさせられました。それはこの村の、この時代のひとつの習俗なのでした。
 私はお兄ちゃんの帰りを家の庭前で待ちました。帰ると見るやすぐにと襲います。遊べない時には、お兄ちゃんはその理由を判然り陳べて断ります。私は哀しかったのですが、そう断られると納得もいきました。
 明日、ね。
 うん、明日。

〔図鑑と標本箱〕

 お兄ちゃんはいつも思いがけない宝もので私を驚かせました。大小様々なレンズ、凹と凸。鏡を使った色々な遊び。そのひとつが手製の万華鏡となって私を吃驚りさせました。ある時はプリズムで。その三角のクリスタルの立体は、光を通すと至る所に七色の虹を作るのでした。
 また、ある時は百種類もの岩石や鉱石の入った標本箱で。
 真四角の、ワニスの光沢を持った木の蓋を開けると、そこは井然と桝目が切られていて、多様な鉱石類が小さな部屋ごとに鎮座していました。火山灰や関東ロームなど、粉末状のものもあったと記憶しますが、いつも見馴れていて鼻も引っ掛けなかった石炭の欠片などは、そこで見ると妙に高貴に思えたりもするのでした。雲母などという鉱石はどうしたことか、まるで銀紙を粗雑に束ねたようだったし、これでも石なの、私は素頓狂な声を挙げたりもしました。白さを誇るのは雪花石膏に石英、方解石などで、私にはその区別も覚束なかったのですが、輝くばかりの白さの中に淡く緑を含む蛍石は、その名の通りになんとも可憐な気がしました。黄鉄鉱、赤鉄鉱、褐鉄鉱、磁鉄鉱、磁鉄鉱の磁は磁石の磁です。これが砂鉄、クローム鉄鉱、マンガン鉱、みんなみんな鉄の仲間。私はそのひとつひとつに目を奪われ、お兄ちゃんの解説に一心に耳を傾けたようにも思います。
 総ての石にはノンブルが振られていて、中でも幼い私が最も心を惹かれた鉱石は黒曜石、番号は⑯。それはまるで黒いガラス玉を割ったように煌めいていて、思わず口に含みたくなるような代物で、私の目にはもう宝石そのものでした。そして、その数字は当時最も人気を集めた職業野球選手の背番号でもありました。
 以来、私は石狂いを呈しました。
 道端で少しでも異な佇まいの石を探し出してきては、お兄ちゃんの下へと持ち込みました。大方は花崗岩の中の、あるいは水成岩か火成岩か、そんなものの変成されたものにすぎなかったとしても、主にはキラキラしていれば私には有り難かったのです。お兄ちゃんは嫌な顔も見せずに、そのひとつひとつに対して丁寧な説明を施しました。時には「図鑑」すら持ち出し、私の持ち込む「珍しくはないが、奇異なもの、美しくないが光り輝いているもの」(R・カイヨワ)の一々を鑑定しました。今にして思えば、お兄ちゃん自身もそのようなことを面白がっていたのかもしれません。
 それにつけても鉱物図鑑とは!
 子供の私は初めて目にする図鑑そのものの存在にあきれました、世の中にこんなものがあるとは。カルチャー・ショックとは本来、その際の私が受けたような体験を指す言葉ではなかったでしょうか。
 私が何より畏れ入ってしまったことは、その辺のただの石ころにすぎないものにさえ区別があり、それなりの範疇を持ち、分類されるということです。しかも、その一々の「図像」がひとつの「名辞」とともに一巻の書に掲げられているのでした。私はなん度も手元の小石と図鑑のそれを見較べたものです。これがこれ、そして、これはこれ? そのことがどんなに幼い私にとっては驚くべきことだったでしょう。だって、それが本当にそうであるなら、単なる路傍の石などはこの世にないことを意味し、そのことを延長すれば、私にとってどんなに見慣れた雑草であっても、取るに足りぬ虫けらさえも、それぞれがそれぞれの曰く因縁の下に概念化され、すべては由緒あるものとして知り得ることになるのでしたから。
  アリストテレースはその「詩学」(松本仁助・岡道男訳、岩波文庫)の「詩作の起源とその発展について」のところで「人が絵を見て感じるよろこびは、絵を見ると同時に、『これはかのものである』というふうに、描かれている個々のものが何であるかを学んだり、推論するしたりすることから生じる」と陳べています。これこそ、まさしく図鑑の喜びと呼べるもの、図鑑は目で読む詩集なのでしたーー(図鑑を見る、それはホメーロスの「オデュッセイア」の一行一行を辿る旅にも似た詩的冒険でもあったのです、ワーオ)。
 知として所有する――持ッテルモーンから知ッテルモーンへ、これは大変なことになったものです。そうではないでしょうか。かくして、村の木々も野の鳥も小川の小動物も、わが身辺のどんな事象だって、再び言います、その辺のさざれ石でさえ、そうなのです、鳥も蝶も虫も花も草も木も茸も貝も魚も獣も、そして、まだ見ぬあらゆる世界のどんな珍奇なものでさえ! 分類し、命名し、ビジュアル化する限りに於いて、一冊の図書として図鑑化されるのです。森羅万象はそれぞれの事態(図像と名辞)の裡に分節・限定され、秩序を持ち、今や、世界は私たちの眼前に普遍化されたのでした。
 わかるは分ける、即ち、分かるです。世の中が一変したとはこのようなことを申すのではなかったでしょうか。私は幼くしてまずは世界観の変更を余儀なくされたのです。これをショックと言わずして何といいましょう。口幅ったいことながら、それは「成長」と申してもよかったのです。

 (参照)
 ・「岩石・鉱物標本100種」トウキョウサイエンス(株)。
 ・「原色鉱物岩石検索図鑑」柴田秀賢、須藤俊男著(北隆館)。

 付記

 以上は当ホームページの私の「一語一冊⑦」の「読まない本、図鑑のこと」の「図鑑のこと」のパートのほとんどをリライトしたものです。文体を「である」調から「ですます」調に変換し、リデュース(反復)しました。また、その前半の「読まない本」の方は、以下に「である」調の文体のまま掲げます。合わせて読んで頂ければ、なおのこと私は嬉しいのです。

 〔読まない本〕

 私はかつて、翼の構造に興味を抱いてその手の図鑑を覗いた時、列挙された翼の各部の名称とその羅列に唯々「詩」を感じ畏れ入ってしまったことがある。その語彙だけでもここに列挙して措く価値があるかと思われた。

 初列雨覆、
 小雨覆、
 中雨覆、
 大雨覆、
 初列風切、
 次列風切、
 三列風切、
 小翼羽、
 肩羽、

 その尾翼の形体に至っては、

 凹尾、
 凸尾、
 円尾、
 角尾、
 楔尾、

とあって、

 燕尾、

が特例として例示されていた。
 私はこのような羅列に常に啻ならぬものを感知する。諸兄諸姉にあってはいかがなものだろうか。 
 更には――頭、耳羽、後頸、頸側、肩羽、背、腰、上尾筒、尾、下尾筒、風切、跗蹠、趾、腹、脇、雨覆、胸、喉、腮、嘴、眼先、額。実は、これで、私たちは野鳥の姿態を背中回りにひと巡りしたことになるのだが、そして、その頭部に限って云えば、頭央線、過眼線、眉斑、腮線、顎線、頬線と、図解のキャプションとイラストレーションの対応ぶりを確認しているだけでも、それはそれで私には滅法面白い。なんと訓ずるのか不明であっても、時に、その字面の飄逸さに、なんだこれ、噴き出したりもする。そして、当該図鑑を閉じればその情報の大方はきれいさっぱりと忘却の彼方だ。思い出される日までそっとして措こう。 
 幾つになっても図鑑の類いは愉しい読み物だ、と云うより最上の「読まない本」だ。猛々しくも不吉な書籍の堆積のさ中にあって、この種の図書は書籍のひとつの理想かもしれない。
 図鑑の何が面白いかと云って、この期に及んで知識欲が満たされるから、などとさもしいことは言うまい。私は常に「羅列」が面白いだけなのだ。「分類」と云っても差し支えない。その楽しみ方はいろいろだが、いささか無聊を託つ時、手近のそれらを見るとはなしに眺めているだけで、私は無為なる時をやり過すことが出来る。それで充分なので、私にはそれらを携え、あるいは宛てにしてのフィールド・ワークする気など更々ない。どんな図鑑であれ、そこは自立した小宇宙なのだ。何も殊更、鬱陶しく現実の事柄を持ち込むこともあるまい。第一、億劫なことだ。有り合わせの知識で、いや、そんな知識はむしろ無用、唯々、図鑑のフィールドに遊べばよい。無論、私はツールとしての図鑑を否定しているわけではない。手段としての図鑑ではなく、目的としての図鑑があってもよいと申しているだけだ。
 さて、差し出がましいことながら、少なくともあなたが書斎とは言わで、その身辺に本箱のひとつや二つを所有なさっているのであるとするなら、望むらくはその一角にこそ図鑑のコーナーがあって欲しいもの。そこがあなたの書架のオアシスとなるだろうこと、請けあいだ。図鑑を見る。これぞ座して天下を知る、まさしく「世界観光」と呼べるものではないだろうか。なぜなら「世界とは成立している事柄の総和」(ヴィトゲンシュタイン)であるとするなら、「世界とは観察される事象の総体」(フォン・ベルタランフィ)でもあるからだ。

 では、私に於ける図鑑なる図書との出会いは奈辺に求めることが出来るのか。―(以下、「図鑑のこと」に続きます)。…

 (参照)
 ・フィールド図鑑「身近な野鳥」解説 高野伸二、写真 叶内拓哉(東海大学出版会)。
 ・標準原色図鑑全集5「鳥」小林桂助著(保育社)。
                        
                            (2020/5/20)

付記―(「子どもの領分」バージョンの「読まない本」のために)。

 (⒒)

  詩の形態にまつわる最終の謎は〈行〉ということばに棲みついている。行を分ける、行を替える。行を跨ぐ、行を渡る。行追うごとに、行の連なりはばらばらになる。〈行〉は道とはいえず、環をむすぶ修練でもない。
 それはなにか、かけらの影だ。なにかを二重に欠く場所
だ。語れよ、字画と呼ばれる切れめたち、一行の途中の行と行間。それともこれはアルキメデス・スクリュー?
 行為は死を食べて痩せる。

 ――平出隆詩集「胡桃の戦意のために」(思潮社)から。

                    (付記追加 2020/6/10)


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「鳥類用語」Wikipediaより
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小学館 学習図鑑シリーズ4「鳥類の図鑑」より
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