……ギリシャ人は、あらゆる認識は追憶である、と教えたが、同じように新しい哲学は、全人生は反復である、と教えるだろう。(一行略)、反復と追憶とは同一の運動である、ただ方向が反対であるというだけの違いである。つまり追憶されるものはすでにあったものであり、それが後方に向って反復されるのに、ほんとうの反復は前方に向って追憶される。だから反復は、それができるなら、人を幸福にするが、追憶はひとを不幸にする。      (中略)
 ……追憶もしくは反復の範疇がなければ全人生は空虚な空騒ぎに帰してしまう。

                          キルケゴール著「反復」(舛田啓三郎訳、岩波文庫)より。
 
 わが「子供の領分」の追憶が、前方に向かっての追憶、「反復」であらんことを、そのようなことを願い、昭和三十年代、常総地区の子供たちの思い出を書き記す。全人生が空虚な空騒ぎに帰してしまう前に、筆者敬白。

14 記憶の中の異人たちⅦ
13 記憶の中の異人たちⅥ
12 記憶の中の異人たちⅤ
11 遊びをせむとや生まれけむ(グラビアⅠ)
10 記憶の中の異人たちⅣ
9 記憶の中の異人たちⅢ
8 記憶の中の異人たちⅡ
7 記憶の中の異人たちⅠ
6 田園のモービィ・ディックⅢ
5 田園のモービィ・ディックⅡ
4 田園のモービィ・ディックⅠ
3 祖父の思い出
2 座布団の赤ちゃん(あるいは、もうひとつの「未来のイブ」)Ⅱ
1 座布団の赤ちゃん(あるいは、もうひとつの「未来のイブ」)Ⅰ